人間関係で比較

管理人は以前から強迫性障害で悩んでいます。主には出かける際のカギやガスの元栓がしっかりと閉まっているかと何回も確認してしまう症状。それと車の運転の際に人を轢いてしまったのではないか?と不安に駆られる症状です。


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これらの症状に日々悩まされている中でなんとかして楽に生きる事はできないか・・と常に考えています。そんな中で思ったのは強迫観念として生じる内容とは結局は感情に支配されているという事です。

例えば、ガスの元栓について考えてみます。目の前の元栓は確かに閉まっている・・、しかし自分の中では「本当に大丈夫だろうか」と言う強い不安を感じる。整理して考えてと、

元栓が閉まっている=事実
「本当に大丈夫だろうか・・」と言う気持ち=感情

と言う事になります。この「事実と感情」のどちらを信じるのか?と考えると常識的には明らかに「事実」です。この事実を単純に信じ行動すれば事は簡単に済むはずです。

しかし・・それではなぜ管理人を含め多くの人々は「強迫性障害」と言う病に悩むのでしょうか?管理人なりに考えてみるとそれは「感情を行動を決める基準にしているから」と言う事ではないかと思います。

人によってさまざまでしょうが「感情」を行動の基準にしてしまうとそのゆれが行動に大きく影響するのは当然の結果でしょう。そしてガスの元栓を確認した時に「本当に大丈夫だろうか・・」と繰り返し繰り返し確認してしまうとこの「感情のゆれ」が増幅していくのだと思います。

ではどうしたらいいのでしょうか・・。

思い付いたのは極端に聞こえるかもしれませんが「感情を無視する」事でした。「感情は意識で変える事はできないもの」だと考え苦しくとも感情を無視し「事実」に基づき行動するのです。その際、「感情的に感じる事はほおっておく事!」と強く意識する事が重要です。頭の中で感じても「仕方がない」と考えそれを無くそうと思わないで下さい。そして100%でないにしろ自分の出来る限り「感情」に支配されない行動を心がけましょう。

そしてもし「感情的」になってしまったらこう考えてみて下さい「感情的な不安は事実を変える力はない」と、いくら不安だからと言ってもそれが事実を動かす事はないし出来ないのです。

しかし・・、
ここまで読んだ方はそれはあくまでも理屈だと思う方もいらっしゃると思います、理屈は分かるが実践は難しいと思うかもしれません。
しかし、最初はそうであっても時間を掛け繰り返していくと必ず成果はあります。最初から大きな成果を求めず自分の出来る範囲で試してみてはいかがでしょうか、やってみる価値はきっとあります。