いちいち他人に振り回されない心のつくり方

去年の暮れから認知行動療法関連の本を読んでいますが、その中でたまたま図書館で見つけた、中島美鈴さんの「いちいち他人に振り回されない心のつくり方」と言う本がとてもよかったので購入して手元に置いて置く事にしました。


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中でも知って良かったと思えたのは、前半で紹介さている「考え方のクセ」と言う概念です。

考え方のクセ

この「考え方のクセ」を簡単に説明すると以下の様になります。
 

・考え方のクセ
人間は同じ出来事を体験しても、その人の持っている価値観によって受け止め方はさまざまです。例えばその人の持っている価値観が悲観的なものなら、物事を常にネガティブに見てしまいます。認知行動療法ではネガティブに見たり考たりしてしまう心の傾向を考え方のクセと言ったりします。

 
正式には「推論の誤り」と言う様ですが「考え方のクセ」と言った方が分かりやすいので一般的にそう呼ばれている事が多い様です。

この本はタイトルからも分かる様に人間関係について認知行動療法の視点から書かれているのですが、先日私がこのブログに投稿した記事「私が車の運転の加害恐怖に囚われた経過」を改めてこの考え方のクセと言う視点から読み直してみると、複数の箇所で当てはまる部分があり、運転中の加害恐怖の囚われの原因が自分自身の考え方のクセにあった事が分かってきました。

本で紹介さている考え方のクセをお知らせしながら私の書いた記事の該当部分をご紹介したいと思います。
 

考え方のクセ(1)すべき思考
この「すべき思考」と言う考え方のクセを強く持っていると道徳的には正しいと思われる考えを過剰に自分や他者に課してしまう傾向があります。例えば「社会は平等であるべきだ!」とか「物事は最後までやり遂げるべきだ」「約束した事は必ず守るべきだ」など、どれも道徳的には正しいのですが過剰に思い込んでしまうため、柔軟に考える事ができなくなってしまい周りからは「がんこで融通のきかない人」と見られたり、自分の高い理想と現実とのギャップに苦しみ「自分はなんてダメなやつなんだ」と劣等感にさいなまれたりします。

このすべき思考に当てはまる私の記事の部分は以下の箇所です。
 

しかし・・、配送の仕事には「時間に追われる」と言う事が付きものです。お客さんへの納品時間に遅れると言う事はいくら正当な理由があったとしても、あまり許容されるものではありません。立場を変えれば分かる事ですが、お客さんにとっては5分10分待つ事も実際よりは長く感じる事なのだろうと思います。そんな事もありこの頃になると、様々な事情で納品時間が遅れそうになると気の小さい私は「納品時間は絶対に守るべきだ」と考えスピードを出したり雑な運転になったりする事がありました。

 
勿論、納品時間に遅れて良いと言う訳ではありませんが、今考えるとお客さんにしても「何がなんでも遅れるな」と言っていた訳ではない様に思います。しかも、それによって事故を起こされてしまっては本末転倒の結果になっていたでしょう。しかし、当時の私はとても追いつめられた気分になっていました。それは周囲が追いつめたと言うよりは自分自身が持っているこの「すべき思考」によって追いつめられていたと言えると思います。
 
また別の考え方のクセでも当てはまる部分がありました。
 

考え方のクセ(2)根拠の無い推論
はっきりとした証拠もないのに「何々~はこうであるのに違いない」とネガティブな推論をたて、その事を深く思い込んでしまう傾向を「根拠の無い推論」と言います。
 
考え方のクセ(3)感情的な決めつけ
また、そうして考えたネガティブな推論によって気分が不安になっていくと、その不安と言う感情自体が根拠となって、もの事を決めつけてしまう場合があります。自分自身が不安に満ちているので周りの出来ごとも不安な事ばかりだと決めつけてしまうのです。

 
まず、根拠の無い推論は以下の様なところから伺えます。
 

しかし、この事故を始めとして私はその配送センターに勤務していた約一年の間に計6回の小さな接触事故を起こしてしまいました。小さいとは言え一年の間に6回の事故を起こしてしまうと運転に対する自信を失うと共に、上司や同僚からも「あいつは運転の下手な能力のないヤツ」と言う烙印を押された様な気分になってしまいました。(自分の思い込みも多分にあったと思います)

 
確かに、「一年の間に6回の事故」は同僚からうとまれる根拠になりうるかもしれません。しかしだからと言って私は上司や同僚から直接侮辱されたり、嫌みを言われた事もありません。本文中にも書きましたが自分でそう思い込んでいただけの様な気がします。そしてそんな不安で憂鬱な気持ちが次の感情的な決めつけと言うクセを助長して行った様に思います。
 

その頃から、段々と運転に神経質なり配送途中にトラックが道の小石を踏んでも「今、人をはねてしまったのではないか・・」と感じる様になってしまい、そう感じた場所まで戻って確認する・・と言う行為を繰り返す様になってしまいました。

 
「今、人をはねてしまったのではないか・・」と感じるその瞬間は客観的な根拠(例えば人の姿を実際に見た等)から不安に思っている訳ではなく「万が一はねてしまっていたらどうしよう・・」と言う杞憂から思っているので極めて感情的な部分から感じているといえます。こうなってしまうと自分では制御する事が難しくなり不安はより強化されていってしまうのではないかと思います。
 
この考え方のクセと言う認知行動療法が提示する概念に自分の思考を当てはめて考えてみると、個人的には「そうだったのか」と言う一種の「納得感」を強く感じます。
 
それは、いままで曖昧模糊としていた自分の感情の理由の一部が客観的に明らかになったと言う事かもしれません。そうして自らを俯瞰する様な視点をもつ事は症状改善に役立つ第一歩になりうると思います。

また、認知行動療法ではこの考え方のクセ「認知の歪み」として捉え修正する方法を具体的に提示しています。
 
冒頭でお知らせした、中島美鈴さんの本にもその辺りの方法が詳しく述べられていますので興味のある方はお手に取ってみるのも良いと思います。
 
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