人間関係で比較
 
日々の人づきあいの中で感じてしまう苦しみの中に
「他の人と自分を比較して落ち込んでしまう」
と言う事があると思います。例えば・・。
 
「ヤツと俺は同期入社。しかし、あいつは課長で俺は平・・」
などと思ったり、女性の場合なども、
「周りの友達は皆結婚してしまった・・しかし、自分は未だ相手すらいない・・」
等々・・他にも例を挙げれば沢山あると思います。
 
この様な「他人と自分を比較して苦しむ」と言う事の解決法を本音で考えてみました。


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まず、単純に考えて比較して苦しむなら「比較する事をやめれば」良いのではいか!と考えてみました。
 
よく生き方の指南書などにも「他人と比較しなければ楽に生きられる云々」と言う記述を目にする事があります。
しかしこれに対しては・・・
 
「比較する事を簡単に止められるくらいなら苦労はない」
とすぐさま思いました。
 
「他人との比較」は無意識的な行為であり、ほぼ反射的に考えてしまう事です。とても意識して無くせるものではありません。
 
では、比較する事自体は仕方がない事として、その上でどうすれば良いのか考えていたのですが、考えているうちに次の様な言葉が思い浮かびました。
 
「上見て暮らすな下見て暮せ 橋の下にも宝船」
 
以前、あるラジオパーソナリティーの方がおっしゃていた言葉です。ネットで調べてみると江戸時代に身分制度があった頃、当時の幕府が庶民に向けて言い放った教え?の様ですが定かではありません。(出典はさして問題では無い様に思われたのでこれ以上は調べませんでしたが・・。)
 
しかしこの言葉が当時、権力維持の為に用いられた言葉であったとしても「他人との比較」で苦しんでしまう心理には役に立つかもしれないと思いました。どうしてそう思ったか?と言いますと・・、
 
比較して苦しむのは大抵「レベルの上の人」との比較であり、「レベルが下の人」との比較では苦しみは生じない、と言うのがその理由です。
 
本音を言えば誰でも「自分より下」と思っている人間には優越感を感じるはずです。「自分はあの人よりは劣っているけど、あいつに比べばまだまだマシかなぁ」と思うと幾分気持ちが楽になる事を誰も否定は出来ないのではないでしょうか。
 
この様な事を書くと「このブログの管理人はいやな性格だなぁ」と思われる方もいると思いますが、他人にその事を言ってしまうと軽蔑されますが「心の中で秘かに思っている」だけなら問題無い様です。(笑)
 
但しこれだけでは完全ではありません。この言葉の本当の素晴らしさは実は後半の、「橋の下にも宝船」と言う箇所にあります。
 
この言葉「橋の下にも宝船」を簡単に言うとこの様な事だと思います。
今の自分の状況やレベルでも見方を変えれば素晴らしい価値を発見出来る。もっと分かり易く言えば例え橋の下と言う悲惨な状況でも見方を変えれば「いい事」もあるよ!と言っているのです。
 
そして、少々飛躍するかもしれませんがこの考え方をさらに発展させると。
 
今まで「レベルが上だ」と思っていた人に対しても、「別の物差し」(別の見方)でお互いを計り直せば、ある事がらでは自分の方が「上」になる事もある。と言えるのでないでしょうか。
 
少々理屈ぽっくなってしまったので最初に挙げた例で言いますと。
 
「ヤツと俺は同期入社。しかし、あいつは課長で俺は平・・」でも・・、
「会社人間のヤツに比べると自分は余暇を愉しむ余裕があり私生活を充実させられる」とも言えるし
 
また、女性の場合は、
「周りの友達は皆結婚してしまった・・しかし、自分は未だ相手すらいない・・」しかし・・、
「結婚したら夫や子供の世話に時間をとられる友達が殆ど、それに比べ今の自分は自由に時間を使える!」
 
等と考えられなくもないと思いませんか?つまり要は「冷静に今の自分だからこそ出来るメリット」を考えてみると言う事です。すると思わぬところに「宝船」が転がっている!と思えてくるのではないでしょうか。
 
物事は必ずしも一面的ではなく「良い面、悪い面」があります。他人と自分を比較して落ち込んでしまう時、「上見て暮らすな下見て暮せ 橋の下にも宝船」と呟いてみて下さい。そして自分よりまだまだ下のレベルの人もいると思う事で心に少し余裕が出来たら、冷静になって「見方を変える努力」をしてみて下さい。きっと自分だけの「宝船」を発見出来ると思いますよ。